本の話し

2018年07月の本

 

 
絶対数学の世界 ―リーマン予想・ラングランズ予想・佐藤予想―
黒川信重

出版社:青土社
発売日:2017/06/21

 数論特にリーマン予想に関して現在日本の急先鋒と言って良いであろう著者だが、氏を中心とした世界の数学者の手によって近年になって提唱された最新鋭の数学の一ジャンルが『絶対数学』だ。
 著者曰く、20世紀は環(ring)上の数学が大いに発展したという。環上、つまり和と積という2つの演算を基軸としているが、著者らの提唱する絶対数学ではそのうちの和を忘れ、積を基軸とする“単圏(モノイド monoid)”が採用されている。そこからリーマン予想の核となるゼータ関数の深い杜の姿を本書は丁寧にかつ比較的平易に解説している。
 とはいえある程度の前提となる知識は必要なのかもしれないが、本書では、その全体像を惑星に見立てたり植物に見立てたりして読者に想起しやすい工夫がされている。と同時にそこに本書の核心的なメッセージも込められていたりする。
 「これまでの数学は地上の幹を見ていた。これからの数学は地中の根を扱わなければならない」なかなか斬新なメッセージだ。
 数学的な詳細話し等は読み飛ばしても、十分著者の意図するところは理解できるような工夫がされている点、本書の重要性が増しているような感じを受ける。

 
   
 

 
世界神話学入門
後藤 明

出版社:講談社(講談社現代新書)
発売日:2017/12/14

 人類の三大発明といえば、印刷・火薬・方位磁針あるいは文字・貨幣・法などと言われているが、個人的に“神話”をどこかに加えるべきではないかと常々思っていた。もっとも、『発明』とは言い難いからこそ含まれていないのだろうけれど……。

 世界的規模で神話の共通性を探る壮大にしてエキサイティングな仮説『世界神話学』説。著者はこの仮説を、近年、遺伝子学や考古学等の進展にともない明らかとなったヒト≪ホモ・サピエンス≫の移動のシナリオと重ね合わせることで、神話モチーフの拡がりとその原点を本書で探ろうとしている。まさしくDNAレベルでの神話学だ。
 本書では、世界に広がる神話を古いタイプの「ゴンドワナ型」と新しいタイプの「ローラシア型」と世界神話学説に則る分け方をしているが、前者を人類最古の“神話的思考”、後者を人類最古の“物語”という特徴を孕ませている。多少神話の世界をかじった人ならその辺りの差異は容易に気付けるだろう。この二つの神話群の対比の中で、著者は結論、自然物や動物対人間の平等性が説かれることから、こうした神話の中に現代社会の行き詰まりを解決するヒントが潜んでいるのではないかと主張する。これに関しては多少引っかかる部分もあるにはあるが、総じて筆致が丁寧且つ誠実なので、決して利己的な意図があるようには思えない。
 また、神話、殊にゴンドワナ型からローラシア型がどうのようま変遷を辿るかという部分において筆者は
 「……(神話に挿入された口伝伝承などが歴史的事実から多少なりとも影響を受け、あくまで象徴的に表現されているだろうものを)あたかも厳密な意味における事実であるかのように権力者が都合よく使い始めると悲劇が起こる。それはむしろ神話から本来の魅力と美しさを剥奪する行為、神話の豊かさを最も冒涜する行為である」
 という言葉を記している。これは大切な部分だ。

 なにはともあれ、神話の分析がそのままヒトの流れを示し、ヒトの流れを紐解くことで神話の系統的な意味合いが浮き彫りになるという事実は大変に興味深い。
 後半では著者独自の日本神話に関しての記述が並ぶが、これもまた興味深い。

 
   
 

 
二月の勝者 ー絶対合格の教室ー
高瀬志帆

出版社:小学館(ビッグコミックス)
発売日:2018/02/09

 「お受験」という言葉を今でも巷で使うかどうかは知らないが、北海道の山の中で生まれ育った私にとっては、テレビドラマなどの中だけで使われているあるいは起こっていることという認識しかなかった。
 高校卒業後の1年間、上京して浪人生活をしていたが、私はそこで初めていわゆる中学受験をしたという人たちと出会った。正直、「こういう人たちって本当にいたんだ…」というのが感想だった。

 中学受験を巡る進学塾を舞台とした話し。小学生が挑む“受験”を軸に、保護者の視点、ビジネスとしての塾の立場など、複合的な視点から中学受験を取り巻くシビアな世界を描く。
 一読後、いわゆる御三家を筆頭に中学受験を経験した友人知人らに本書のことを話してみると、総じて「確かにこんな感じだった」「親の金銭的な面もリアル」、「大手の塾と中小だと基本的なスタンスの違いはあったよね」などという声が聞こえてきた。いずれも作品には肯定的だった。

 日本の受験をとりまく環境は、そのスタートこそ人それぞれ違うにせよ、最終的には大学卒業と同時に企業が一括大量採用するということに終着点が置かれている点、産業化された受験制度に支配されてしまっている感がある。特に難関大へ進学する子たちは中学受験からスタートなどという場合が非常に多いのではないだろうか? それ自体についての賛否は別にしても、同世代の子たちがスポーツや習い事に熱中しているのと同様に、受験勉強に対して熱中しているというのもあり得るのだな、という印象を受けた。だが一方で、それだけで人生というのは決まるものではないということを、この作品の中で描かれているような年齢で学びえることも大切なのかもしれない。

 最後に、上京した年の夏のある夜、21時ごろだったろうか、当時住んでいたところで、某大手進学塾のカバンを背負った小学生が数人、コンビニ前で栄養ドリンクを片手に「乾杯!」と一気飲みしていたのを見た時は、ちょっとゾッとした……という思い出を付け加えておく。

 
二月の勝者 ―絶対合格の教室―(2)

 
離島の本屋 22の島で「本屋」の灯りをともす人たち
朴 順梨

出版社:ころから
発売日:2013/07/15

 山の中で生まれ育ったためか、海あるいは海辺の街というものに漠然とした憧れがある。それ以上に離島と聞くと最早異国のような感を受けてワクワクしてしまうのだが、本書を読むまでそうした生活圏での読書環境というものを考えたことはなかった。
 本書には全国22の離島における様々な読書環境が、書店や公共施設を軸にレポートされている。
 本土のような確実性のある流通網がない中(荒天による定期便の欠航など)で、島ごとにどのような手段で書籍を手配しているのか、そしてそれがどのような形で地元の方々の手に渡っているのかを、丹念に取材した秀作だ。殊うれしいのは、少し小さめだが写真や図版が数多く掲載されている点だ。また、島ごとに取材時のその後の様子も報告されているなど、筆者と地元の方との密な信頼関係が窺える点など評価されるべき一冊だと思う。人名などのルビが省略されていて若干の読みづらさはあるが、本書の全体的な雰囲気はそんなことも忘れさせてくれる。

 日本もなんだかんだ6000以上の島を持つ島国。その中で400以上の島に人が住み生活を営んでいる。その生活を文化的な側面から支えている人たちに素直に感動できる一冊。

 
   
 

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