本の話し

2017年07月の本

 
忘れられた日本の村
筒井功

出版社:河出書房新社
発売日:2016/05/26

 千年の昔から生きる村々。
 天皇の即位ごとに麻服を貢納する山奥の村、継承者がなく途絶えた舞が伝統として伝わる村…。
 限られた資料を基に、古代と現代の点と線を結びパズルのように組み立てていくその文面に、読む者は持ち合わせる想像力の限りを刺激されてしまう。
 名著『忘れられた日本人 (宮本常一・著 岩波文庫)』を彷彿とさせるそのタイトルからも予想される通り、この本はその精神を如何なく継承している。
 
 記録にも記憶にもその陰をほとんど残さなかった村々の深遠な歴史。
 エッセイとも旅行記ともつかない内容ではあるが、そこから浮き彫りにされるのは、数ある集落の中のその一つとして果たしてきた役割や特殊性、そしてそれがなぜ今現在に至るまでひっそりと残されていたのかという壮大な歴史ミステリーだ。
 人の流れ、言葉の伝播、習俗の変遷。どれをとっても実に興味深い。

 
わが青春のマジックミラー号
久保直樹

出版社:イースト・プレス
発売日:2016/12/10

 男性諸君であらば誰しもが知っているであろう、多分日本で一番有名なクルマ・マジックミラー号。
 その育ての親である久保直樹監督自身の自叙伝かつ青春ノンフィクション。
 一読しての感想といえば、ステキな(?)青春小説だったと思う、といったところだろうか。
 エロにその青春の全てを捧げた苦労人の言葉からは、正直、挫折からの立ち直りなどといった人間的な成長を鼓舞するような立派な箴言は語られることはない。
 “無難”なAVを作るためのノウハウばかりが並んでいるといった感じだ。
 しかし、ゆうばり国際映画祭でグランプリまで獲った若者が、なぜAV監督となったのか。
 その後の壮絶な苦労話を経てのマジックミラー号の誕生の流れなど、読後はそれなりに清々しい感じはした。
 マジックミラー号シリーズをより楽しむためには読んでおいて損はないと思う。
 この本を読んで初めて知ったが、マジックミラー号って誕生からもう20年以上になるんですね…。

 
勉強の哲学 来たるべきバカのために
千葉雅也

出版社:文藝春秋
発売日:2017/04/11

 そもそも“勉強”とはなにか?
 気鋭の哲学者たる著者はそれを「自己破壊」とする。
 個人的にすごく同感である。
 ではなぜ?
 それは「自由になるため」だという。
 これにもとても共感できた。
 この本を読んで、いかに人は“勉強”というものの持つ「破壊性」に向き合っていないのかということを痛感させられた。それはなにも大仰な暴力的行為ではなく、ごくありふれた日常からつながるなだらかな坂道ではないのか?
 登攀の息苦しさに似た、遅々として進んでいるようには見えないながらも確実に高みを極めていくその姿である。
 勉強するとはどういうことか、なぜ勉強するのかという勉強するということを掘り下げた理論。
 では実際にどう勉強すべきなのかというその実践。
 著者はこの二つの基軸を見事な折り目に伏し、勉強を通し今の生活をも変える可能性を示唆している。
 時折、フランス現代思想なども織り込みながら(冒頭で言葉について書かれているところは特に)の哲学と現実とのなだらかな連関に、勉強すること、果ては“自分として”生きるということへの著者なりの答えを垣間見せてくれた気がした。
 しかし、この本は決して勉強することを強いることはない。
 そこがまた美味だ。

 
小笠原鳥類詩集(現代詩文庫)
小笠原鳥類

出版社:思潮社
発売日:2016/04/08

 作者・小笠原鳥類氏の詩は、これまでも『現代詩手帖』などで目に触れるたびに読んでいた。
 文章を基調とした現代詩が主だが、そこに紡がれた言葉たちは自由にその構造を組み替えられ、主語はおろか述語さえ遠く彼方へ飛んで行ってしまったような印象がある。
 どこか自由奔放。
 しかしそこに映るのは、そんな天真爛漫な姿とは裏腹などこかおどろおどろしい生臭い肉の香りだ。
 野生、という言葉がふさわしいだろうか?
 氏の詠む詩には動物が数多く登場する。
 アライグマ、キノボリウオ、ウサギ……。
 数々の動物たちの跳躍に合わせて紡がれた言葉からは、自然の持つ理不尽さ、生命力、壮大さ、あるいは残酷なまでの現実が浮かび上がってくる。
 だが、それでいてまったく抒情的な感を受けない。
 感情を排した剥き出しの言葉が、裸のままで草原を駆け巡っているような、圧倒的に人間的なものから乖離した、なんとも摩訶不思議な世界がこの詩集にはぎっしりと詰まっている。
 読後の満腹感は他の何にも替え難い陶酔を与えてくれる。

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