本の話し

2016年6月の本


片手の郵便配達人
グードルン・パウゼヴァング

間に合わせの訓練しか受けずに戦場に赴いた青年は、そこで左腕を失う。
失意の中、故郷の村に戻った彼は郵便配達員として働き始めるが、
日々届ける手紙の中に時折“黒い手紙”が混じりはじめ、
いつしか日を追うごとにその数は増していった。……
物語は美しい自然の中において静かに、そして淡々と進む。
だが時代は募る戦争の重苦しさを抱えている。
家族や大切な人への思いが繊細な描写で織り込まれているのも読む者を感動させてくれる。
ある意味で戦争の本当の姿がここにあるのかもしれない。
本書はそうした作者の思いが熟成されて一冊となっている。
また、本書には読者に向けたパウゼヴァング氏からのメッセージも附されている。


山怪
田中康弘

『山怪』というタイトルの為か、
そこから連想されるのはホラーやミステリーといった
どこか陰鬱でおどろおどろしい物語が語られた書物といったところだろうか。
しかし読み始めてすぐにそうではない何かを感じさせられる。
そこには昔、祖父母に語られた古い良き日本、
あるいはどこか懐かしい香りのする田舎の風のそよめきのような、
そうした光景が様々な逸話を介し感じられることだろう。
著者の田中氏が全国の里山をめぐり蒐集した数多くの“奇妙な体験”。
『現代版遠野物語』と称されるにふさわしい一冊であると思う。
ちなみに、著者のtwitterでは本書の続編の執筆開始が報告されている。
期待したい。


文房具図鑑
山本健太郎

とある小学生が夏休みの自由研究に作った文房具図鑑。
年相応の絵、文章、誤字脱字…。
だがその全てに著者の文房具への愛が詰まっている。
決してウケ狙いだとか遊び心でとか、そうしたものは微塵も感じられない。
文房具も道具である以上、そこには用途・目的があるわけだが、
それ以上にデザインや使いやすさ、そうした事へも着目している点が素晴らしい。
私もかなりアナログな人間なのでパソコンやタブレットよりも
手作業で事を進めることも多く、
殊文房具には日々お世話になっている身の上であるが故に、
とても親しみをもって接することのできた一冊だった。
賛辞を送りたい。

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