本の話し

2019年08月の本

 


棒二森屋物語
幕末から平成まで百五十年の歴史
小池田 清六 著 / 大西 剛 編

出版社: 新函館ライブラリ
発売日:2019/01/22
Kindle版

 北海道函館市。
 その駅前の一等地にかつて聳えていた老舗デパート・森屋百貨店。屋号は棒二。通称「棒二森屋(ぼうにもりや)」としてその名は道外にもとどろいた。
 函館市民にとってのオアシスといっても過言ではない老舗デパートは、今年2019年1月末日をもってその歴史に幕を下ろした。

 本書はその棒二森屋の歴史を記した希少な一冊。ローカルの老舗であるがこそ、そこに刻まれた歴史は重い。
 幕末から明治への過渡期にあたる慶応4年にして明治元年、1869年の創業。本書は資料的な側面が強いこともあって、殊、創業期の史料として読み解く上では非常に重宝される。
 一地方、まして明治以前より藩が置かれていたとはいえ、その先は未開とされていた地域においてその当時商いを成立させることがいかに困難であったかが窺える。

 ひとつ残念なのは、創業時から中期にかけての史料が豊富である一方、現在に近しいものがあまりない点であろうか?
 元従業員という方による筆だが、棒二森屋の最後期を知る人には懐かしみというより、冷徹な史料としての趣がある。
 個人がまとめる上では限界も多いと思うが、「函館市民にとっての棒二森屋」、その姿をもう少し掘り当てて欲しかった。

 ちなみにだが、私の中学時代の修学旅行は、旭川近辺の学校ならおおむね函館が中心だった。無論、自分の通った中学校のそれも同じ立ったのだが、同級生が当時話題だった菅野美穂さんのヌード写真集をここ棒二森屋で買い、屋上で男子だけ集まって集合写真を撮ったというのは良い思い出だw もちろんその後、引率の先生に見つかり案の定没収されていたが……。

 
 
 


交通事故で頭を強打したらどうなるか? Kindle版
大和 ハジメ

出版社:KADOKAWA
発売日:2019/03/30

 「壮絶」以外の言葉が見つからない体験記。
 web連載時より反響を呼び、サーバが閲覧制限(503エラー)を起こすほどに話題呼んだ。堀江貴文さんやカメントツさんといった著名人をはじめ、果ては脳を専門とする医師・研究者からも注目された作品の単行本。
 大学生時に交通事故にあった作者。脳挫傷という重傷ながら一命をとりとめたものの、その代償は後遺症という形で自身を蝕んでいた。

 事故から36日後に目覚めた「意識」。
 「私のなかに脳という期間が存在するのではない。脳の一部の機能として私が存在するに過ぎないのだ」
 そんな哲学的な観念を言葉にする背景にあるものは、自分を自分として認識できなくなったという「後遺症」そのものだ。
 その後の過酷なリハビリ、大学への復学、就職……。ぱっと見、決して画力があるとはいえない描き口だが、その稚拙さが一層リアリティをもって事故に遭遇したあとの現状を読む者に訴えかけてくる。

 ……本書を読んで思い出したことなのだが、私の幼なじみの一人もまた、高校卒業後間もなく、知人の運転する自動車に同乗して際に事故に遭い、脳に相当なダメージを負った。
 事故後数ヶ月は意識不明の状態が続いていたが、半年ほどして帰郷した折り、病院に見舞いに行った頃には会話も歩行も可能なくらいに回復していた。
 しかし、目の焦点が合っていないらしく、目眩を起こして倒れそうな人のように頻繁に目を白黒とさせていた。また、話しをしていても時折脈絡のない言葉が続いたりしていた。もともと明るく活発な子であっただけに、正直、当時は私もそれなりにショックを受けていた。
 ……あれから10余年が経って、その幼なじみも結婚をし子供も産まれたが、やはり今でもときどき後遺症の影響が出ているらしい。

 事故とは、図らずも遭遇してしまうものだ。あまりにも理不尽なことだが、それが現実だ。本書の作者にしても私の幼なじみにしても、幸いなことに一命を取り留めた。しかしその先に待ち受けるのは過酷な現実でしかない。
 事故、特に自分たちの生活のすぐ隣にある交通事故には、充分注意したいものだ。

 
 
 


最高に楽しい「間取り」の図鑑
本間至

出版社:エクスナレッジ
発売日:2010/12/20

 「間取り」図を眺めているだけでワクワクするという人は意外に多い。もちろん私もその一人なのだが、いったいなにがそこまで人を引きつけるのだろうか?
 部屋の間仕切りの位置関係から、どんな風景が見えるのか想像してみる。あるいはその部屋でどんな人がどんな暮らしをするのか想像してみる。・・・・・・人それぞれにいろんな楽しみ方があることだろう。

 長年設計事務所において数々の住宅の設計に携わってきた著者。
 「図鑑」と称しているだけあって、ただ間取り図を次々に並べているのではなく、住宅の間取りを読み解く上で必要な視点ごとに項目を分け、その具体例としてさまざまなパターンの間取り図を並べている。
 図鑑というより、間取り図と人々が暮らす住宅の構造を読み解くための教科書に近いかもしれない。
 「なぜ間仕切りが○○状に配置されているのか」「水場が○○に配置されている理由」など、自分たちが普段何気なく生活している住空間ひとつにはさまざまな創意工夫がなされていることがわかる。
 挿入されている間取り図も、実際に人が生活している住宅のもの(発売当時)が使用されており、とても現実味がある。また適宜実際の内装の写真なども挿入されていてわかりやすい。もちろんプライバシーや防犯上の理由から、具体的な住所は付されている紙、外観の写真などは少ない。

 新築やリフォームを検討している人、あるいは建築の勉強をしている方などには得られるものが非常に多い一冊だと思う。
 ひとつだけ本書のデメリットを上げるとすると、扱われている住宅のほとんどが都内など大都市部に建てられているものだという点だろうか?
 地方都市でも大きいところならまだしも、田舎町のそれにはあまり参考になるとは思えない。

 
 
 


元号通覧
森鴎外

出版社:講談社学術文庫
発売日:2019/05/01

 刊行は令和元年5月1日。
 日本近代文学の雄・森鴎外がその最晩年に著した「元号考」(岩波書店「森鴎外全集」第20巻収録)を底本とした文庫版である。
 「大化」から「大正」に至るまでの元号について、その改元理由、元号の出典、進言者、他の候補となった元号案など、280に及ぶ元号に関する膨大な情報がぎっしりと詰まっている。

 しかし、本書に関しては改元に伴う一連の話題性に乗じて抱き合わせ的に刊行された節を否めない。
 底本となっている「元号考」については、最晩年の著作であるがゆえほぼ絶筆の様相を呈している。各元号について膨大な情報量がある一方、それぞれに対する考察や解説は皆無である。
 また、現在では学説的に否定されている事柄もそのまま出、注釈などもない。唯一本書改題を猪瀬直樹氏が書いているという点があるが、その部分もさして特筆すべきものでもない。
 正直、鴎外ファン用のマニアックな代物、改元記念の思い出の一品、その程度の価値しか本書には見いだせない。

 ただ、日本近代文学の礎を築いた人物が、形はどうあれ日本の元号に対して情熱的に考究していたというのは覚えておきたいところだ。
 今から百年ほど前の内容そのままなので、最新の元号考察を手元に置いておきたいならば、他の元号関連の書籍をあたることをオススメしたい。
 それほどマニアックな一冊だ。

 
 
 

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