本の話し

2018年01月の本

 
 
 


 

 
私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日
安田 佳生

出版社:プレジデント社
発売日:2012/02/28

 時折ネット上で名言として見かける江戸・薩摩藩の教え“漢の順序”。
 現代的には“人の順序”となるかもしれない。それは上から順に
   一、何かに挑戦し、成功した者
   二、何かに挑戦し、失敗した者
   三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者
   四、何もしなかった者
   五、何もせず批判だけしている者
 となる。
 リクルート退社後、25歳にして会社を設立した著者が、“子どものように夢を見て”作った会社をどのように運営し、どのように成長させ、そしてどのように破綻させたのかを赤裸々に語った本書。
 「社員に喜ばれる」会社が良い会社なんだという強い思いがある一方で、最低限の人事と経理ができていなかったと振り返る。ひとこと「経営の技術が下手すぎた」と。
 著者の興したワイキューブは一時期、その福利厚生の手厚さやオフィスの派手さで時代の寵児に躍り出た。思い切りお金を借りて派手に使いまわすということを繰り返した末路は本書に委ねるが、正直時代錯誤のバブリーな感じは否めない。
 なにより、若かったが故の著者の考えの甘さが、その後の経営破綻、関係先への被害を招いたことはすでに白日の下にさらされている。
 だが、それを責めてはならないような気がした。実際こういう人が経営者になってはならないと思う。
 しかし、著者が会社を興そうとしたきっかけやその原動力そのものは、規模の大小に関わらず起業した経営者なら誰しも思い描いたことだろう。
 私の友人知人の中にもそんな者は少なくない。もちろん彼らの中には、世に言う成功者もあれば、多分一生かかっても返済しきれない債務を負った者もいる。
 いずれの立場にあっても、彼らが本書を読んだらきっと共感するだろうことは想像に難くない。
 なぜなら本書には、巷にごまんと溢れる時流に乗った会社経営者の書いたサクセスストーリーが描かれているわけではないからだ。
 ここには「何かに挑戦し、失敗した者」のひとつの告白があるだけだ。
 経営者が背負うものや考えることは、立場や結果、規模の違いはあったとしても本質的には同じであることが痛いほどよく分かる。
 昨今、著者はpodcastなどでも活躍されているが、今後に期待したいところだ。
 「後悔してはいない」というが懲りもしていないのだろう。
 でも、決して悪いことではない。

 
隕石:迷信と驚嘆から宇宙化学へ
マテュー・グネル:著 米田 成一:監修 斎藤かぐみ:訳

出版社:白水社(文庫クセジュ)
発売日: 2017/05/18

 子供の頃から星を見るのが好きだった。
 12月中旬、夜帰宅した際にふと空を見上げると、たまたま時期にあたった双子座流星群の流れ星が見えた。
 冬の星空は空気が澄んでいてとてもクリアに見えるが、そこを一筋二筋と流れる光線は実にキレイだった。
 さて、流れ星の実体である隕石について、図鑑や専門書を読んでもそこまで多くのページを割いているのを見かけない。
 本書は表題の通り、徹頭徹尾“隕石”について書かれている。隕石の定義や研究の歴史、周辺分野に及ぶ広範な科学的知識など、幅広い項目を網羅している。
 読んで一番驚いたのが、その研究の歴史がかなり浅いということだ。歴史書等では紀元前より記載があるものの、長らく迷信やオカルト的な対象として扱われていたことが窺える。しかしある転換期を迎えて以降は急速な研究成果を上げ、物理学はじめ化学・地質学へと及ぶ系統的な研究がなされたことは、その後の天文学の発展にも大いに貢献したことだろう。
 本書ではかなり専門的な用語が並ぶ一方、附録などは採用されていない。しかし適宜その解説が丁寧になされている点、非常に読みやすい一冊となっている。

 
センセイの書斎 イラストルポ「本」のある仕事場
内澤旬子

出版社:河出書房新社(河出文庫)
発売日:2011/01/06

 他人の本棚というのはどうしてこうも魅力的なのか。
 似たような趣味趣向を持っている人間同士でも個々人で差異がある通り、本棚もまたその人それぞれの個性というものが光るからなのだろうか?
 本書には31の人・店の書斎・本棚が登場するが、当初単行本として刊行されてからすでに10年以上が経っており、すでに鬼籍についた方や閉店した店舗なども出てくる。しかし本に対する愛情は永遠に本書の中で保存されている。懐かしい思い出写真を眺めているような、そんな錯覚を抱く。書斎の主への綿密な取材がそうした印象を読む者に与えてくれるのだろう。
 著者の綿密な取材は他にも奏功を生む。それは日頃から本を活用・保存している“センセイ”方による生きた書斎・本の活用術、その奥義がふんだんに盛り込まれている。
 昨今の電子書籍の普及など、書庫に書籍を大量に保管する人も少なくなりつつある気配もあるが、百戦錬磨のセンセイ達が永年蓄積してきたノウハウは、きっとデバイスの壁を越えた応用を見せることだろう。

 
カイロ大学
浅川芳裕

出版社:ベスト新書
発売日:2017/12/09

 本書は2017年02月に紹介した『ドナルド・トランプ 黒の説得術』の著者の手によるものだが、これを読むまでカイロ大学の出身者であることに気が付かなかった。
 著者は農業関係の諸問題についての著作を多く手掛けているので、私も今までに何冊か読んでいたのだが、著者の略歴まで目を通していなかった。
 カイロ大学の出身者といえば昨今では小池百合子都知事が有名だが、大学の規模やレベル、輩出した人材の経歴を振りかえるに、日本国内でももっと人口に膾炙してしかるべき教育機関であることが本書を読んで如実に理解できた。
 グローバル化が叫ばれて久しい社会にあって、日本は未だにこうした情報の浸透や吸収に疎い面があるように思う。その一方で国内の教育に依存しつつもその改悪を進める今の状態はいかがなものか。
 
 本書には大学の在するイスラム圏の文化的な背景への言及から、この大学の持つ風紀や規範を知ることができる。
 本文中「大学のオリエンテーションを受けたとき、担当者からいわれた最初の言葉は『混沌の世界へようこそ!』」だったという記載があるが、本書を読み進めていくうちにその意味と重要性が痛いほどよく分かった。
 また、イスラム圏にまつわる豆知識や、日本での学生生活では到底味わえないような著者自身の体験談なども豊富で読む者をますます魅了する。

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