読みたいことを、書けばいい。 人生が変わるシンプルな文章術
田中泰延
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2019/06/13
林修先生や糸井重里さんらがさまざまなメディアで絶賛しいま注目を集めている本書は、元電通マンにして自称「青年失業家」のライター・田中泰延氏の初著書。
本書は副題に「人生が変わるシンプルな文章術」とありながら、序章で記されているとおり、.「文章術」そのものを扱っているわけではない。むしろ、巷に流布するノウハウ本にはない"文章を書くための考え方"を示してくれている。
「なにを書くのか」「だれに書くのか」「どう書くのか」「なぜ書くのか」各章にその基本的な考え方と心構えがちりばめられているが、それはもはや文章を書く上での教訓を遙かに越え、人生そのものを語っているほどに深くて重要な内容だ。また、電通時代に培われた無駄のない言葉が妙に心に刺さる。
人によっては「書き手側が読みたい文章を読ませられるなんてゴメンだ」という意見もあるかもしれない。
文章を何らかの形で公表するということは、そのもの誰かに読まれることなのだから、やはり読む側のことを想定して書かれるべき、そんな意見だ。
しかしこれは書き手と読み手の間にある目に見えない壁のようなもので、それを一概に理解することは難しいだろう。
では、「読みたいことを書く」というフレーズを置き換えてはどうか? つまり、「書き手が読みたい」=「書き手が読んで楽しいもの」。もっと視野を広げて「造り手が楽しいもの」、こうしたらどうだろうか?
するとそこに見えてくるのは「人生楽しんだもの勝ち」というスタンスなのではないか?
文章に限らず、イラストでも音楽でも、造り手側が楽しんでこその作品。ゆえに渦潮のような求心力を発揮し、人を惹きつけるのではないかと思う。
また、これは私も常々思っていることなのだが、本書ではそれをしっかりとはっきりと断言してくれていたので紹介したい。
「物書きは『調べる』が9割9分5厘6毛」
本当これw
呪いの言葉の解きかた
上西充子
出版社:晶文社
発売日:2019/05/25
呪いの言葉。
「嫌なら辞めれば?」「母親なんだから……」
一見正論のように見えるが、その背景をたどればなんの根拠もない旧態的な慣習であったり、善意に見える悪意であったりするものだ。
そうした「呪いの言葉」について、労働・ジェンダー・政治の現場からどのような背景で生み出され投げかけられるのか、その真意をドラマの脚本などを交えて考察し、「呪いの言葉」からどう解放されるのかという考え方を示してくれている。
全体を通して、特に政治的な側面で著者の主義主張がかなり出ている感じがある。それは著者の職業や活動が根底にあるのだから仕方ない部分ではある。
しかしその部分を取り払ってみると、はやい話し「切り返しの技術」ということだといえると思う。現に巻末には著者が収集した「呪いの言葉」への切り返し文例集がついている。
普段、人とのコミュニケーションの中でも繰り広げられる「切り返し」というのは、反対の立場や視点をぶつける「反論」とは異なり、ある種、それまでの流れとは違った角度からの視点や切り口をぶつけることだ。
そう考えれば少しタイトルが仰々しい感じもするが、巷にあふれる「切り返し辞典」「ウィット大全」といったハウツー本に掲載されている事例のいくつかを、現実的な問題に絡めて具体的に掘り下げ熟考・精査したのが本書だとも言えるだろう。
【関連図書】
新任3年目までに知っておきたい ピンチがチャンスになる「切り返し」の技術 |
「ウっ」とつまる一言をさらりと切り返す会話術 |
立花宗茂
中野等 著 日本歴史学会 編
出版社:吉川弘文館
発売日:2000/12/01
2021年の大河ドラマのモデルが、次期新1万円札の渋沢栄一になったという報道が先月あったが、私個人は以前からこの「立花宗茂」で大河ドラマをとあちらこちらで言っている。
ということで、宗茂の生涯をたどるための一冊をば紹介しておこうと思う。
私は江戸幕末と戦国時代というのは、妙なもてはやされ方をされているようであまり好きな時代ではないのだが、幕末の高杉晋作とこの立花宗茂に関しては敬意をもっている。
特に今回紹介する宗茂に関しては、その生涯を俯瞰してみた時、現代の日本人が忘れかけているであろう大切ななにかがヒシヒシと感じられる。
ざっくばらんに宗茂の生涯をたどってみよう。
九州のある武将の長男として生まれるも養子に出される。その際実父から刀を渡され「養家と実家が戦になったら、この刀で俺を殺しに来い」と言われたという。
養子に行った先の養父・戸次道雪は「斬雷の闘将」と恐れられた人物で、宗茂はこの養父のもとでスパルタ教育を受ける。
道雪の実子・誾千代(ぎんちよ)姫と結婚するが仲が悪かったとされている。
その後、島津氏の台頭で戦が繰り広げる中、実父・養父を立て続けに失った。この戦のおり豊臣側の援軍を得たこともあり、関ケ原の合戦では徳川家康から東軍に付くように誘いを受けていたが、「秀吉公の恩義」を理由に拒絶している。
結果、関ケ原の合戦後に宗茂は改易されて浪人となってしまう。浪人として諸国をめぐる中で、正室・誾千代姫を失う。
秀忠・家光の時代になって、宗茂の器量を惜しんだ徳川側からの取り立てで、もともとの所領である筑後柳川約11万石を与えられ、関ヶ原に西軍として参戦し一度改易されてから旧領に復帰を果たした唯一の大名となる。
そして旧領に戻って最初にやったことが正室・誾千代姫の弔いだったという。
その生涯をたどると「恩」と「義理」を徹底的に生き抜いた人物像が見える。
著者は本書冒頭で「激動の時代を背景に生きた、たぐい稀なる才能を持った人物だと」評価しているが、宗茂の生涯をたどればたどるほど、もっと深い情念のようなものが感じられる。
現代社会にあって振り返られることも少ない「恩」や「義理」。それを貫いた生き様を、今の日本人はもう少し知るべきだし考えるべきだと思う。
盟友・加藤清正との親交もまた、すばらしい心遣いが端々に感じられる。
トポロジー入門 奇妙な図形のからくり
都筑卓司
出版社:講談社(ブルーバックス 復刻版)
発売日:2019/07/18
ブルーバックスきってのベストセラー請負人、故・都築卓司博士が1974年に出版した『トポロジー入門』(日科技連出版社)を新書化した本書。
通常「入門」書というのはあくまでその分野の基礎を学んだ人の初学用に書かれていることが多いが、傑作入門書を数多く手がけた著者をして一流の書き口はもはやガイドブックのそれに等しい。
かつて何冊かトポロジー(位相幾何学)に関する書籍を紹介したことがあったが、そのいずれも「入門」「基礎」と銘打っていてもどこか厳密さを感じさせる敷居の高さがあった。
cf,2018年08月の本
しかし本書は、"日本を一周する片道乗車券の路線はどんな図形を描くだろうか?""本州にある各県を一度だけ通る方法はあるか?"など、身近な話題を用いてトポロジーの基本的な性質を解説したうえで、やっと「トポロジーとはなにか」という議論に入っていく。掲載されている図版(イラスト)も説明にマッチした形にまで咀嚼され描かれているため、文章と図形のイメージを結び付けやすい。それでいて多次元の話しやペッジ数、ホモロジー群、カタストロフィー理論といった専門的な論点も網羅的に解説してくれている。またその解説も身近な題材を用いてくれているのでとてもイメージしやすい。
「数学は苦手だったけど興味がある」「教養として知っておきたい」そんな方にはもちろんオススメできるのだが、なにより本書は今現在教壇に立っている現役教師の方々に是非とも手に取ってほしい。
冒頭で芳沢光男先生(桜美林大学教授)が書いている解説の中にも出てくるが、本書の工夫として「興味・関心を高める『数学話法』ともいえる文体が全体を通して見受けられる」など、学生が学問に関心を高めるきっかけになるような要素がふんだんに散りばめられている。
難解な現代数学の一分野であるトポロジーだが、それが実は自分の身の回りにもあふれている。そのことに気づいた瞬間、本当の意味での学びが始まるのかもしれない。