本の話し

2017年12月の本

 
 


 

 
新装復刊 吉野朔実のシネマガイド シネコン111
吉野朔美

出版社:エクスナレッジ
発売日:2017/02/18

 昨年急逝したマンガ家・吉野朔実。
 歌人や精神科医との交友関係や文学への深い造詣は、日本の漫画界にあって、人間の心の奥底を抉るような抒情性豊かな作品を作り上げることにおいて随一の存在だったことの裏付けのように思える。
 その吉野氏による映画批評集が今年復刊された。
 その時々の流行とは別に、自身の感性の赴くがままに鑑賞した映画の感想が繊細なイラストと共につづられている本書。
 批評ではなく感想というところがステキだ。
 また、大きな劇場で公開された話題作というより、ミニシアター系の作品がほとんどで、コアな映画ファンをも魅了する力がある。
 一読して、氏の視点の鋭さや感性の妙というものが、創作だけでなく日常生活の至る所にまで向けられていたのだろうことに心底驚かされる。
 吉野氏の作品は、一部で高い評価を得ている一方、現在新刊として手に入らないものも少なくない。その中での名作復刊は往年のファンのみならずとも喜ぶべきところである。
 ちなみに私の好きな作品はこちら。
 
 
 エキセントリクス〔文庫版〕Kindle版

 

 
ピュタン-偽りのセックスにまみれながら 真の愛を求め続けた彼女の告白-
ネリー・アルカン(著)松本百合子(訳)

出版社:パルコ
発売日:2017/09/30

 Putain(ピュタン)……驚きや軽蔑、怒りや失望を表す言葉。または、売春婦や娼婦を意味する。
 今秋10月封切となった『ネリー・アルカン 愛と孤独の淵で』の原作である。
 エスコートガールをしながら学費を稼いだという自身の経験を基にしたこの小説は、2001年の発表と同時にフランス文壇へ衝撃を与え、メディシス賞・フェミナ賞という二つの権威ある文学賞にもノミネートされ話題となった。
 内容は過激にして赤裸々だ。
 自らの生い立ちの中に立ち現われる、会うことのなかった姉の存在。高級エスコートガールとして日々紳士相手に行う性行為。……
 生と性に翻弄され続けるその姿には、一人の人間としての孤独や苦悩といった繊細な感情の機微が陰を落とす。
 熱情と悲哀、官能と苦痛にまどろみながらも、真実の愛を悲痛なまでに渇望するその陰を、彼女はこの作品で陽の下に曝し、激情とともに駆け抜けている。
 2009年、ネリー・アルカンは自室で自ら命を絶った。享年36歳。

 

 
ヤクザになる理由
廣末 登

出版社:新潮社
発売日:2016/07/14

 ヤクザあるいは暴力団と聞いて、恐らく普通の生活をしている人たちが抱くイメージは同じだろう。 
 だが彼らも人間だ。産まれながらにしてその道にある者はいない。
 かつてそうした組織に身を置いていたという7名への直接的な聞き取りを基に、その生い立ちや生活環境、交友関係といった“入口”、そして組織内あるいはそこから抜けた後の“出口”に至るまでを学術的にまとめた一冊。
 しかし本書は、単なる知的探求の視点とはいささか種を異にする趣がある。
 もともと“グレていた”という数奇な経歴を持つ著者の語る言葉は、そうした世界を知らない人にも実に分かりやすくなるような咀嚼を経ている。
 直接的な聞き取りという面においてはやや母体が少ないという印象があるが、それは同時に相手との絶対的な信頼関係を築いたが故に深部にまで至る聞き取りを行えたことをも意味する。
 実際、本書に登場する人物一人ひとりの立ち姿が実に生き生きとした臨場感を持っている。
 彼らがなぜそうした組織へと足を踏み入れるに至る理由には、本書の分析・検討から概ね似たような傾向があることが窺えるが、著者はそこに自身の経験を踏まえ「偶然」という言葉を紡ぐ。
 「偶然」特異な家庭に生まれ、「偶然」そうした組織が近い環境で育ち、「偶然」似たような資質の仲間を得。……
 しかし、そうした縁をもたらす「偶然」は、一人ひとりの行動が生み出すものに他ならない。ヤクザであろうと、カタギであろうと。
 冒頭で、昨今の暴対法などにより高まる暴力団排除の気運は、行き過ぎてしまえば健全性を失い、組織を離脱した後にも社会的な排除を強いかねないという指摘がなされるが、これは至極真っ当だ。
 一つの問題を解決しようとした時、その原因を取り除きさえすればすべてが解決するという訳ではない。
 そうした短絡的な解決は、新たなひずみを生み、問題に更なる深刻な複雑さを往々にして与える。
 ではその時必要とされる“一人ひとりの行動”とは何か? そしてそれが指し示すものは何か? 本書を読んで一度考えてみてほしい。

 

 
現代知識チートマニュアル
山北 篤

出版社:新紀元社
発売日:2017/04/15

 この本の“はじめに”には「上手い嘘(=小説)を書くために、本当のことを知っておこう」とある。
 つまり、本書は小説(特にラノベ)を書く人のための参考資料だ。
 特にいわゆる“異世界転生チートもの”に必要な科学技術に関する「現代知識」をまとめている。
 
 しかし読んでみると、科学技術が中世ヨーロッパの時代からどのような発展を遂げてきたかという歴史的な背景を踏まえ、幅広い分野の知識の進歩と変移を学べる実用書という印象を受けた。
 中世の生活環境や技術事情、関連事項とのバランスもよく、信憑性に疑問を拭えないそこらの雑学本とは一線を画した広く浅い、しかし味わい深い内容に驚かされる。
 
 私は一番の愛読書を聞かれると「辞書」と答えている。
 小学生向けの辞書一つとっても、ページを開けば知らない言葉や説明できない言葉に出くわすことはしばしばだ。
 自分が知らないことを知るということは、知的好奇心を満たす以上に新たな発想や視点を得る良いきっかけとなるが、本書は単なる辞書のような形態ではなく、どちらかといえばハウツー本や雑学本のような体裁であり辞書に比べてとても読みやすい。
 単に正しい知識を並べるだけでなく、膨大な知識をどのようにして中世や異世界に持ち込めば成功できるかという視点で記述されているあたり、読み物としても十分面白い側面もある。
 こうした分野に精通している著者だからこそ上梓できた一冊。
 もちろん、「そろそろ転生でもしようかな?」と思っている人は必読である。

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