本の話し

2017年09月の本

 
 

 
帳簿の世界史
ジェイコブ・ソール 著

出版社:文藝春秋
発売日:2015/04/08

 人類の歴史を顧みる上で、様々な切り口が存在する。
 それは戦争だったり貿易だったり、農耕文化の伝播であったりと多岐にわたり挙げていればキリがない。
 その中で経済、とりわけ帳簿という金銭のやり取りをする中では基礎中の基礎の基礎という分野にスポットを当てた本書の例を他に知らない。
 序文に「会計は事業や国家や帝国の礎となるものだ。会計は、企業の経営者や一国の指導者が現状を把握し、対策を立てるのに役立つ。その一方で、会計がきちんとしていなければ、破綻に拍車をかけることになる」とある。
 ゲーテが「人間が生んだ最も素晴らしい発明の一つ」と称した複式簿記に代表される“帳簿”は、この序文が示す通り様々な国や組織の興亡を左右し歴史を動かしてきた。
 そう、資本主義の発展には複式簿記が欠かせなかった。
 本書はその会計の分野が目覚ましい発展を遂げた中世イタリアを起点に、古代からリーマンショックに至るまでの経済の歴史を紐解く唯一の書籍といっても過言ではない。
 
 私が本書を知ったのは、とあるラジオ番組で大学教授(確か専攻は経営学)が「こんな本初めて読みました。歴史学者では到底考え付かない視点です」と息せき切って語っていたところである。 一読して「その通り!」という印象を得た。
 経済のなんたるかはあまりにも煩雑で複雑である。そんな昨今だからこそ、改めてその歴史を紐解くことが必要なのではないだろうか?

 
この世界の片隅で
山代 巴 編

出版社:岩波書店
発売日:2017/03/23

 2016年11月公開となったアニメ映画『この世界の片隅に』。
 この映画は広島県出身の原作者・こうの史代の出世作となった『夕凪の街 桜の国』に続いて「戦争と広島」をテーマに描いた作品を映画化したものであり、記憶にも新しいと思う。
 しかし本書はこの映画作品とは全くの別物である。
 いや、語弊がある。視点、舞台、きっかけ、それら全ては同一。広島の原爆。
 本書は原爆投下をきっかけに起きた様々の人間模様のその後をおったルポである。
 大江健三郎の名著『ヒロシマ・ノート』と同時代にあって、それとは質を異にしている名著だ。
 被部落差別や原爆孤児、沖縄の被爆者といったマイノリティーのを主点に、生き残ったからこそまとわりつく不条理ともいえる戦争被害。
 人は何故生きなければならないのか?
 その答えに一歩近づけた気がした。
 現実は、常に冷酷だ。
 岩波新書の中でも屈指の名著であると思っていたけれど、長らく再版されていなかった事に驚いた。
 こういう名著が埋もれていてはいけない。

 
 ヒロシマ・ノート

 
グレン・グールド 孤独のアリア
ミシェル・シュネデール 著

出版社:筑摩書房
発売日:1995/10/01

 衝撃的な生き様をもって20世紀の音楽界を駆け抜けた不世出のピアニスト、グレン・グールド。
 彼の演奏を、私は好意且つ嫌悪を以て聞き好んだ時期がある。
 今ではどうかというと、“受け入れて”聴いている。
 彼の演奏、あるいは音楽に対するその姿勢を知っているだろうか?
 このご時世、ネットで調べれば容易にそれを知ることはできるが、その彼のそのものを感じ取るには至らないだろう。
 しかしこの著者は、それを肌身を以て理解している。そんな感を受ける。
 翻訳であることのせい、正直文章自体は読みづらい。
 だがそのこと以上に、あの調べを語るに不足ない洞察とドラマがある。
 興味深いのは、グレン・グールドと日本文学との連関である。
 
 そもそもの発売は20年ほど前になるが、一切の褪色をうかがわせることを知らない良書だ。
 
 
 グレン・グールド・バッハ・コレクション [DVD]

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