本の話し

2017年10月の本

 
 


 

 
FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー
オリン・グレイ,シルヴィア・モレーノ=ガルシア(編)

出版社:Pヴァイン
発売日:2017/03/17

 果たして今までこういうものがあったのだろうか?
 私は他に例を知らない。
 世にも奇妙な“きのこ”をテーマとしたSFホラー小説アンソロジー。11編からなる本書の殆んどが書き下ろし…。
 スチームパンク、ゾンビもの、西部劇、異世界転生譚…と、ジャンルも様々な小説群を“きのこ”をはじめとした菌類という大きな括りだけでまとめた力作といった感がある。
 冒頭、このアンソロジーをまとめるきっかけとして映画『マタンゴ』という名が出ているあたり、編者達の菌類への思い入れが伺える。
 なんとも厨二心を煽る表紙イラストも刺激的だ。
 秋の夜長、しとしとと降る雨音を聞きながら読むに相応しい一冊。
 和訳の解説にはもちろん、きのこ文学研究家で写真評論家の飯沢耕太郎氏。
 第Ⅰコロニーということだが、原書を分割しての翻訳のようなので、早く第Ⅱコロニーの発刊を待ちたいところだ。
 
 
 マタンゴ [東宝DVD名作セレクション]

 
アンドロイドは人間になれるか
石黒 浩

出版社:文藝春秋
発売日:2015/12/18

 人間そっくりのロボット「ジェミノイド」。
 その製作者である工学博士・石黒浩氏による本書は、氏がいかにしてロボット研究の道に歩み始めたかの回想から始まる。
 「空気が読めず、『人の気持ちを考えなさい』とよく言われていた」という幼少期、そこから人間が人間である由縁や心、そうしたものを知りたいという知的欲求が最終的にアンドロイドの研究へと至ったという。
 逆説的ではあるが、本書ではこの過程を踏まえた上で、アンドロイドを通じて「人間性とは何か」という本質的な問題が問われている。
 ロボットによる演劇、人間国宝の永久保存……様々な角度から人間の持つ人間らしさを追求しているが、そこから見えてくる心の正体に迫った時、ロボットが心を持つのも時間の問題ではないかという考えが過ぎった。
 果たして人間とロボットを隔てているものはなにか?
 後半で、著者はその“見えない壁”を丁寧に突き崩しながら人間の本質へと迫ってくれる。
 ただ、AIをはじめロボットが心を持った時、それは人類の破滅を意味するというような発言が昨今識者の中から数多く挙がっているが、私自身その危惧を抱く一人である。
 ロボットが人間に反旗を翻した時、著者は「スイッチを切ればいい」と言う。「もし(それで)ロボットが止められないとしたら、『止めたくない』という人間側の意思が働いている」
 果たしてそうか?
 著者の展開する論からすると然りと頷けるものの、どうしてもそれだけでは掬いきれないもの、まだ見えていない部分が過分にあるのではないかという気がしている。
 そういうことで、本書は「人間とは何か」という問題を自分自身再考する上で良いきっかけを与えてくれたと思う。
 こうした問題について格闘するには近年稀にみる良書だと思っている。

 
芥川追想
石割 透(編)

出版社:岩波書店
発売日:2017/07/15

 今年は芥川龍之介没後90年にあたる。
 そして『谷根千を歩く。おまけ編』でチラッと書いたが、芥川龍之介を私淑している身としては、こういう年にこうしたものが出ることはちょっと嬉しかったりもする(分かるでしょ? そういうファン心理w)。
 愛惜こもごも、48人の書き手による生前の面影とよもやまな思い出。
 彼と共有した時間が色濃く手繰り寄せられ語られている。
 個人的に一番心揺さぶられたのが、最後部あたりのお身内による追想の中、長男で俳優だった故・芥川比呂志氏の「父竜之介の映像」という一文だ。
 龍之介の亡くなった当時8歳だったという氏が、記憶を辿りながら父の姿を思い語る中、父の作品を通じてはたと出会う思いがけない姿に「父はいたのである。見えないのは此方の故だけだ。」と綴る。
 その後、自殺した当日朝の動揺した親類たちの姿の描写が、鋭い共感をもってこちらの胸にまで突き刺さってくる。
 氏はかなりの酒豪だったという逸話を聞いたことがある。泥酔しては人によく絡んでいたという。
どこか深い所で、その時の悲嘆が一生彼を翻弄し続けたのではないかと思わざるを得なかった。

 
量子力学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語
レオン・レーダーマン,クリストファー・ヒル(著)

出版社:文藝春秋
発売日:2016/09/23

 先月、ここでもよく記事を紹介しているとね日記さんで、この本の翻訳が出ていることを知った。
 cf,量子物理学の発見: レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル (とね日記)
 2012年に発見されたヒッグス粒子。
 物質の最小構成単位への探求は有史以来様々に続いているが、CERNのLHCを用いて新たに発見された素粒子は、その後の物理学にどのような影響を与えたのだろう?
 著者は本書の中で、物理学は「あと少しで自然とこの世界についてすべてを理解できたと思うたびに、どこからかハムレットがひょっこりと現れて、この世界にはもっとたくさんのことがあるのだよと教えてくれるのだ」という。
 然り。その後「光子-光子散乱」なるものの発表も新たになされた。
 以前、NHKで万物の全てを解き明かす方程式というテーマで編成された番組をみたことがあるが、そこで繰り広げられた科学者たちの葛藤を、本書の前半では手に取るようにうかがい知ることができる。
 後半ではヒッグス粒子発見以降のその先の物語までにも言及しているあたり、将来この発見がどのような意味を帯びてて来るのかを暗示している道筋と捉えられなくもない。
 本書の基盤をなす量子物理学自体、一般人にとっては難解で敷居の高ささえ捕まえられないような気色はある。
 しかし本書は、専門的な知識はなくとも高校程度の物理の知識がある者に対しても、漠然とではあるが、容易にイメージを抱かせてくれる感がある。
 個人的にはこれを読む前に、大栗博司『強い力と弱い力 ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く』あたりを足がかりにされるのも良いのではないかと思う。

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