本の話し | ページ 3 | ネットサーフィン見聞記
 2018年11月の本 ←読書感想はコチラ。

 

本の話し一覧

2017年04月の本

 
久米正雄伝
小谷野敦

出版社:中央公論新社
発売日:2011/05

この男、いったい何者なのか。
久米正雄という人の名を知る人はきっと多いはずだ。
芥川龍之介や菊池寛らの帝大の同級生にして
共に新思潮の同人としても活動した人物である。
職業・小説家。
しかし、彼の書いた作品を知る人はいるだろうか?
別段その作品数が少ないわけではない。
生前には通俗小説の雄としてかなりの売れっ子だったのだ。
ではなぜその作品が現在ではほとんど顧みられることがなくなってしまったのか。
著者は言う「彼の全小説に目を通したが面白くなくつまらないもので苦痛だった」
文章力はあったが普通の人が間違って作家になった人だと結論付けている。
残念ながら、事実そうなのだ。
ではなぜ久米正雄という人はいまだに日本の近代文学史の中にたびたび顔をみせるのだろう。
冒頭にも書いた通り、芥川龍之介や菊池寛といった友人と関連付けられる場合もあるだろう。
漱石門下の一人としてもそうだろうし、
また、新思潮の同人だった松岡譲と漱石の長女をめぐって恋愛事件を起こしたからだろうか。
この一件に関しては師・漱石の『心』さながらの騒動であったようだが…。
個人的に久米正雄の最大の功績は、文学作品の戯曲化と映像化の先駆けであったことだと思う。
いうなれば、現在、マンガをアニメ化したり実写映画化したりすることのハシリと言えるだろう。
もちろん、そうした試みは久米正雄以前にもあったにせよ、
本格的な意味で取り組んだのは彼が最初ではないだろうか?
また最晩年の芥川龍之介を映したあまりにも有名な映像は
宣伝広告に映像を用いたはじめの一つとしても評価できる。
結局のところ、本当ならば才に恵まれた文学で評価されるのではなく、
それ以外の分野で評価されてしまった人なのだ。
“普通の人が間違って作家になった人”とは実に的確な指摘だと思う。
本書はそんな久米正雄のほぼ唯一の評伝である。
文壇の死角にスポットを当てたこの労作は、
大正・昭和の文化史を探る上でも貴重な本といえる。

 
心は孤独な数学者
藤原正彦

出版社:新潮社
発売日:2000/12/26

10余年前、『国家の品格』というベストセラーが世に出たことを覚えているだろうか?
著者は藤原正彦。本書の著者でもある。
氏の名前は、ベストセラーで世に馳せる以前からも知る人ぞ知るものではなかったか?
父は新田次郎、母は藤原てい。氏はその次男である。
では彼の職業はなにか? 実は数学者だ。
お茶の水大学名誉教授。それが氏の肩書だ。
本書はニュートン、ラマヌジャン、ウィリアム・ハミルトンという
名だたる数学者にスポットを当て、
その生い立ちと人生、才ゆえの栄光と苦悩をユーモアあふれる筆致で描いたエッセイ集だ。
著者自身が同業の身として憧れ続けた三人の天才数学者。
同じ数学者であるが故に抱ける愛情と理解は、時に厳しく時に愉快に読む者を愉しませてくれる。
ウィリアム・ハミルトンが四元数を発見したという橋跡を訪れた著者。
その時の描写を読んで、私はふと「数学」というものの真髄を見た気がした。

 
国立国会図書館の理論と実際
シ/暗黒通信団

出版社:暗黒通信団
発売日:2017/03

タイトルだけは大変マジメである。
こんなことを言っては怒られてしまうだろうか?
だって暗黒通信団だもん。
きっと何かしらやらかしてくれるであろうことを期待しつつページをめくって驚いた。
これは、もはやイヤガラセである。
どこまでが“(国会図書館的に)本”なのか、
つまり国会図書館に収めてもらえるか否かの極限を見極めようとする試みの記録である。
「これは収蔵ok、でもこっちは拒否」
闘いという名のそんなやりとりが延々収録されている。
様々な形式の本たちに、国会図書館が日本の図書館の雄としてどのようなジャッジを下すのか、
なかなかの見物である。
個人的にとてもいいと思ったのは、収蔵拒否された本に関するエピソードも載っている点。
これについては著者自身も自画自賛しているらしい。

 
「リベラル保守」宣言
中島岳志

出版社:新潮社
発売日:2015/12/23

ちょっとトリッキーなタイトル。
相反する「リベラル」と「保守」という二つの概念の共存。
数年前に一部を賑わせた本書は、本来の保守的思想の立場を解説したうえで、
そもそもリベラルという概念とは対立しないものであると主張している。
それが「リベラル保守」
保守とは漸進的改革の志向であり、それはすなわちリベラルであるというのだ。
要は現実的であるということ。
そうした著者の思考は現実の問題と対峙して政治や社会風潮への批判へとつながっている。
「○×したから保守」だとか「これこれだからリベラル」などという安易なレッテル貼りは、
政治家や一般人を問わず世に満ちている。
しかし問題なのは、そうした表層での差異を論じるよりも、
そこから抽出されたエッセンスを基にした定義付けなのではないか?
その時見えてくる地平には一体なにがもたらされるのだろう。
ふと、戦前の共産主義と軍国主義の構図が頭に浮かんだ。


2017年03月の本

 
棋士の一分
橋本崇載

出版社:角川新書
発売日:2016/12/10

プロレス、相撲、メタル……
昨今、かつてその人気が一度は凋落したジャンルの復活が目覚ましい。
そこには様々な試行錯誤があったに違いないが、
内部で関わる人だけでなく、往年のファンをも含めた
大々的な意識改革が形而上でも形而下でもあったことは想像に難くない。
ではそれを突き動かしたものは何か?
様々な要因の中で共通するのはやはり危機感ではなかったろうか?
ネット上でも折に触れ話題をさらっていくハッシーこと橋本八段。
彼が旧態然としている日本将棋界の改革を、
半ば内部告発とも言うべき内容にまで触れて声を上げている本書。
「若い人が立ち上がるようにならないと、本当に先がない」
コンピュータ将棋への否定的な姿勢、故・米長元会長への名指しの批判。
かなり手荒い感じは否めない。
しかし、こうした抗戦的な姿勢は将棋界にとどまらず、
世間に未だはびこる旧態然とした組織を改革する上では必要なはずだ。
単に抗うというだけでなく、今を未来につなげるために。
静かに衰退する道を選ぶか、再びファンを熱狂させる盛り上がりを見せるのか、
著者の言うとおり、それを選ぶのは今しかないのかもしれない。
しかしこの本には、個人的に非常に残念な思いがある。
本文の中にも出てくるが、昨年秋の三浦九段をめぐる疑惑。
もしこの一連の疑惑の前に本書が刊行されていたのなら、
橋本八段の言葉は、将棋ファンのみならず多くの人々の意見と相まって、
それこそ本格的な改革の道しるべとなったと思う。
冒頭でこのことについても触れられているが、
せっかくなのでもっと踏み込んだ意見を聞きたかった。
また、刊行間もない頃のtwitter上での発言及びその削除など、
せっかくの本書の内容を単なる愚痴のようにしか読めなくしてしまったのが口惜しい。
もし本当に橋本八段が棋界の改革、再興を図りたいというのなら、
誠意ある対応が望まれることは必須だが、心中はいかほどなのだろう。

 
ぼくらは地方で幸せを見つける
指出一正

出版社:ポプラ新書
発売日:2016/12/09

私には折に触れ、夜通し語り合う友人がいる。
友人といっても私の倍以上の年齢。また、互いに地方に居を構えている。
以前は近場に暮らしていたこともあって、その頃は原稿書きの締切そっちのけで話しに花が咲いた。
その友人との話しのテーマにたびたび上がるのが“生身”という感覚についてのこと。
ネットやスマホの普及により、生身を体感せずともコミュニケーションがとれる時代。
だが人は、どこかでその暖かみや冷酷さを求めているのではないか?
雑誌『ソトコト』の現編集長が語る地域論。
地方活性化のキーポイントとして上げられる「人」。
しかし世代も違えば生まれ育った環境も違う者同士が、
同じ時代にひとつの地域の中でどう関係性を構築すればよいのか。
本書には全国さまざまな地域に移住し、その地域を再興させた若者たちの例が豊富だ。
その底流にゆるやかにただようある種の傾向は、
自然やモノ、あるいは人と人との“生身”の関係性に他ならない。
「関係人口」という概念が語るのは、そうした生身の関係性の中に新たなる価値を見出し、
それを発展・展開させていく地域再生の方向なのだろう。
私自身も地方、殊インフラの利便性も決していいとは言えないところに住んでいるが、
実際自らの周りで本書にある様な若者の例を聞くことはほぼない。
故に一握りの成功例といってもいいのかもしれない。
ただ、そう言い切って切り捨てるのは愚かだ。
価値観は変わる。
この先、それがどういう方向性にシフトしたとしても揺るぐことのない生身の感覚こそが、
地方活性の新たなカギとなるはずだ。

 
ホンのひととき
中江有里

出版社:毎日新聞社
発売日:2014/09/05

著者の中江さんは本当に本が好きなんだな、と静かに思う。
大の読書家で知られる女優・中江有里さんのエッセイ。
本書はエッセイ・読書日記・書評という三部構成になっているが、
どこから読んでも中江さんの本に対する真摯で愛情あふれる姿が垣間見れます。
ヒトがヒトをつなぐように、本も本をつなぐ。
いろんなものにその道々の“ジャンル”というものが存在するが、
そうした垣根を越えた緩やかなつながりを愉しむという味わい方も確かに存在する。
「私はこのジャンルに明るいから」だとか
「ソッチの方はあんまり得手じゃないんだよね」だとか、
そうしたことはお構いなしに、
「もっと読んでみたい!」という魂の震えのような読書愛を追体験できるあたり、
やはりこの人のエッセイは巧いと唸ってしまう。
数々の本との出会い。
巻末に掲載書籍の一覧が付されていますが、
それを眺めるだけでも豊かな読書経験が窺えます。
そんな中江さんが本文の中で語ってるこの言葉はとても大切だと思う。
「同じ本を何度も繰り返し読むこともお勧めします。同じ本ならいくら読んでも内容は変わりません。
だからこそ、読み手である自分の変化に敏感になるのです。」
これぞ読書の醍醐味。

 
真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話
佐々木閑・大栗博司

出版社:幻冬舎新書
発売日:2016/11/30

個人的に、この本を紹介しようかどうか迷った。
ことあるごとに書いているが、私の学生時代の専攻はインド哲学。
カリキュラムにはもちろん仏教学も含まれていた。
その一方で興味本位で暇さえあれば面白がって取り組んでいたのは宇宙物理や数学だった。
正直、そんな人間にこの本のことを書かせれば、自制が効かなくなること必須である。
実際問題、そのくらい興味深く面白い本だ。
一人は世界的な理論物理学者。一人は仏教学者のユニークな泰斗。
一見相反する立場にある学者同士によるこの対話篇は、
時に枝道にそれ、時に互いの考えを確かめ合いながら、
「生きる事の意味」という人類普遍の問題に切り込んでいく。
結論を言えば「意味はない」。帯にも書いてある。
だが本書の凄いところはそこにとどまることなく、
むしろそこからが新たなスタートであると言わんばかりの論点を見せる。
ネタバレにもなってしまうので詳しくは読んでいただくしかないのだが、
仏教と物理との関連を説く書籍は巷にゴロゴロあるが、
これほど痛快なものには久しぶり出会った気がした。
そもそもこれn……(長くなるので以下略
それはさておき、
佐々木先生のこうした研究に対しては同学の学者からの批判が多いことも確かだ。
しかし、それを一種のアウトリーチと捉えるならば、
他分野との垣根を越えた新たな学術研究の進展につながることを期待してやまない。


2017年02月の本


ドナルド・トランプ 黒の説得術
浅川芳裕

出版社:東京堂出版
発売日:2016/10/26

2016年11月8日に行われたアメリカ合衆国大統領選挙。
それに至る熾烈な候補者選びとトランプ―クリントン両氏による激しい舌戦、
そして世界中が驚愕した選挙結果は記憶に新しいことだろう。
その投票日直前に刊行されたのが本書だ。
私個人の話しになって申し訳ないが、
刊行直後、プライベートで利用しているSNSのタイムラインでこの本を読んだという人が何人かいた。
そして異口同音こう書き込んでいた。
「この選挙、トランプが勝つ」
中には確信したという人までいた。
結果はご存じのとおり。……
一体この本には何が書かれていたのか?
年末、やっとこの本に目を通すことができて正直驚いた。
日本のマスコミではその過激で品格を疑う言動などが
センセーショナルな形でばかり報じられていた。
しかしその裏にある意図、話術のテクニック。
トランプ氏の演説をくまなく聞いたという著者が
古代ギリシャのアリストテレスやキケロ、
果てはユングまでも引合いにだし、
その言動一つひとつが隠された緻密な計算に基づくと分析している。
ある種の洗脳操作といっても良いかもしれない。
なぜ彼はあのような暴言を放ったのか、
なぜあのような簡単な英語しか使わないのか。
著者はそれらを早い段階で指摘していた。
そしてそれはこれから先、
トランプ新大統領が何を考えどう行動していくのか、
そのことを予測する上でも非常に重要な視点となってくるはずだ。


フリーランスを代表して 申告と節税について教わってきました。
きたみりゅうじ

出版社:日本実業出版社
発売日:2005/12/8

確定申告の時期ですね。
皆さんはもう準備はお済みでしょうか?
さて、まずこの本の刊行された年を確認ほしい。
『2005年』
はい、もう10年以上前に出た本だ。
しかし安心して欲しい。
本書で取り上げられている税制が改訂されるたびに、
その部分もちゃんと改訂されている。
でも本書の特筆すべき点はそれだけではない。
税金とはそもそもなんなのか、
納税に関わる周辺情報も含めてかなり平易に書かれている。
また、ややこしい科目の振り分けや減価償却のこと、
青色申告に必要な帳簿づくりの基礎や申告上のポイント、
果ては節z……おっと、これ以上はアレがアレなんだが、
とにかく、具体的な例を交えつつ
予備知識がなくても基本的な流れが分かるように解説されている。
また“フリーランス”と題されていますが、
普通の個人事業主さんにも、初めて確定申告するという人にもオススメ。


反応しない練習
草薙龍瞬

出版社:KADOKAWA/中経出版
発売日:2015/7/31

私は学生の頃、哲学を専攻していた。
正確にはインド哲学・仏教学である。
そして今やロングセラーとなっている本書を読んで思ったのは
「…これ、概論と仏教史の講義で習ったヤツだ」
ということだった。
もちろん著者が講師だったわけではないが、
この本に書かれている基本的なことは、
インド哲学や仏教学に触れた者なら必ず一度は耳にしたことのある内容のはず。
だが本書の特筆すべきところは仏教や釈尊の教えをただ抽出しただけでなく、
それを現代社会においてどのように当てはめ、どのように活用していくか、
そのことを著者の経験や原始仏教経典の言葉などを通して分かりやすく解説している。
個人的な見解として、
仏教という一つの思想体系(あえて宗教とは言わない)は
仏典などに説かれる理論や理屈をただそのままに実践するのではなく、
その向こう側にある本質的なものに基づいて実践し、
本質そのものを捉え帰結していくもののように思う。
その実践の方法というのが、
長い歳月の中で例えば禅であったり念仏であったり観想であったりと、
様々な工夫や方法論によって現在の多岐にわたる仏教の形になったのだろう。
しかしながら、その本質的な部分、基底となる思想は変わらないはずだ。
この本はそのことを良くとらえていると思うし、
またそれをどのように実践していくかを段階を踏んで丁寧にまとめられている。
またこれも個人的な見解なのだが、
著者の草薙氏の経歴もさることながら、
仏教上のいわゆる宗派ということに関して、
氏はいわゆる“フリー”という立場であることを大いに評価したい。
私自身は得度・出家をしていないが、
もしそうすることがあれば同様の立場にありたいと思う。


北の墓
合田一道

出版社:柏艪舎
発売日:2014/6/20

数年前、亡き祖父との約束を果たすべく、
我が家の北海道入植前後からの写真や家系図をまとめた
100余ページにわたる冊子を自費にて上梓した。
幼少時、曾祖父から聞いた家系や入植時の様子のこと、
北海道入植を果たした高祖父(それが甚之助という爺さん)の生まれ故郷での古老の話し、
また親戚・遠戚の昔話、
それらをまとめていくうちに見えてきたのはやはり先人たちの苦労と努力の痕跡だった。
本書は上巻で北海道の黎明期から大正期まで、
下巻にて昭和初期から平成の現代に至るまで、
北海道の歴史とその発展に尽力した人々の足跡と墓所、
命日や戒名(法名)、諡号まで掲載した力作だ。
上下巻それぞれ100人ずつ取り上げられているが、
その他にも北海道の歴史を語る上で欠かせない事件や事故の慰霊碑なども載っている。
数年前、NHKの朝の連続ドラマ小説で取り上げられたマッサンこと竹鶴正孝など、
歴史の教科書にもたびたび登場する人物がやはり多いが、
政治家や文化人などの枠にとらわれず、
それこそその分野に通じている人ならば知っているであろう、
しかし北海道を語る上では欠かせない人物にもスポットを当てている。
道内のテレビやラジオで北海道の歴史を扱う際、
この本の著者である合田氏は必ずと言っていいほど登場するのだが、
その精通ぶりと広範にわたる調査・研究を行う、
合田氏をしてしかなしえなかった著作ともいえるかもしれない。

北の墓 下  合田一道


2017年01月の本


ゼロ―なにもない自分に小さなイチを足していく
堀江貴文

「堀江さんって、すごくおせっかい焼きだなぁ」
と、一読後に思った。
本書はホリエモンこと堀江貴文氏の生い立ちから
ライブドア設立、逮捕、仮出所に至るまでが
自叙伝的な視点でまとまっている。
そして2013年の刑期終了を期に、
文字通“ゼロ”からのスタートを氏は切った。
なぜ「おせっかい焼きだ」などと感じたのか。
それは、この本のどこにも“努力”という言葉が出てこないからだ。
氏が自ら考え実行したこと、氏の弱点、
過去の苦い経験、大切にしているもの、
これから何をしたいかというビジョン。
氏はこの本の中でそれらを惜しげもなく書いている。
誇るわけでもなく、卑屈になるわけでもなく、淡々と語っているのだ。
そしてそれがいつしか「なぜ働くのか?」という
究極的な問いに対して明快な回答を与えるに至る。
しかし“努力”という言葉はただの一度も出てこない。
むしろ、「あなたが仕事や人生に怖気づく理由」と題した章では、
それは“自信”の問題ととらえ、
「自信を形成するための『経験』が、圧倒的に不足してい」ると考察している。
「なにかを待つのではなく、自らが小さな勇気を振り絞り、
自らの意思で一歩前に踏み出すこと。
経験とは、経過した時間ではなく、
自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていく」
当たり前とされている価値観に目を向け、
自らの力で考え一歩を踏み出していく。
本当なら人生の色んな辛味や苦味を味わい経て初めて至れる視点を、
堀江さんは自身の経験を昇華する形でこの本の中に収めている。
この人は、本当におせっかい焼きだ。


三島由紀夫 幻の皇居突入計画
鈴木宏三

三島事件からすでに半世紀近い時が過ぎた。
それでも未だ、この事件についての新刊本は後を絶たない。
三島死後、その真意を知ることはできない。
しかし、それゆえに人々に重大な問題を投げかけ、
惹きつけていることは確かだ。
この本はタイトル通り、
三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地にて割腹自殺を図った事件以前に、
皇居に突入する計画があったという。
その幻に終わった事件計画の真相を、
少ない資料の中から、精力的な取材と著者一流の推察を経て
大胆な仮説を提言するに至る本書は、圧巻の読みごたえだった。
生前の三島を知る人は今だ多い。
またその研究者もあまたある。
その中で噂話としては上がることはあっても、
決して何人も正面切って語ることのなかった幻の計画に
この本はどこまで迫れているのかは人により判断は分かれるかもしれないが、
戦後の日本人に大きな謎を残した三島事件に、
新たな解釈の視点が生まれたことは確かだ。


日本人投手がメジャーで故障する理由
小宮山悟

著者である小宮山氏といえば、
私が幼少時にはロッテの看板投手として活躍していたことを記憶しているが、
今回改めて氏のことを調べてみたら、意外なことが多く驚いた。
氏は高校時代全く無名校で野球をしていた。
もちろん甲子園出場の経験はなく、大学にも2浪の末早稲田に実力で入った。
そしてプロ入りはドラフト1位。
最終的にはメジャーのマウンドでも投げている。
いわゆる「野球バカ」になることなくプロ入りを果たし、
一流選手にまでに上り詰めた稀有な人物と言える。
そんな氏をして、野球への根本的な取り組み方や
野球を巡る組織や環境への問題点などにも言及しつつ、
日本とメジャーの両方を経験した当事者として
その違いと実態を書いている。
氏は意外にもJリーグの理事も務めている。
また現役時代後半には大学院に在籍し、学生とプロ選手の二足の草鞋を履いた。
本職の野球だけでなくスポーツ全般に対しての氏の深い見識は、
これから重要になってくるかもしれない。


2016年12月の本


バンヴァードの阿房宮
ポール・コリンズ 著
山田和子 訳

本当のことを言えば、この本を紹介しようかどうか、迷った。
なぜなら、面白すぎるからだ。
副題にはこうある
『世界を変えなかった十三人』
「こちらがメインタイトルなのでは?」とも思えるだろうか?
この本は、
精一杯の情熱を持って夢を追い続け、
ある者はその夢をかなえ、またある者は夢破れ、
しかしいずれも歴史の表舞台には名前はおろかその功績すら残らなかった、
そんな13人の偉人たちのポートレート集。
著者は言う
「歴史の脚注の奥に埋もれた人々。傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、
目のくらむような知の高みと名声の頂点へと昇りつめたのちに破滅と嘲笑のただ中へ、
あるいはまったき忘却の淵へと転げ落ちた人々。
そんな忘れられた偉人たちに、僕はずっと惹かれつづけてきた…」
「…その栄誉を勝ち得たひとりひとりの背後には必ず、
同じ夢を追求して破れたものがいるのだということ」
死後の栄誉や称賛もなく、人口に膾炙することもない。
だがそんな彼らの姿を容易に笑い飛ばすことはできない。
きっと彼らの人生の中では、「なにかに夢中になる」という要素が大きな比重を占めていたに違いない。
結果は失敗だったのかもしれないが、
「自分の人生を精一杯生きる」
彼らはそれをやってのけたのだ。
そのことは、著者の丹念な筆致とともに、
忍耐強く資料の調査や考証を助けてくれた図書館員の方々へ捧げられた巻末の「謝辞」からも感じとることができる。
巻末の「謝辞」にはこうある
「図書館は、過去の様々な思索や営為を保存するために存在している。
こうした保存に時間をかけることのできる者は、もはや図書館以外にはない。
図書館が集めている書籍や資料は、これから十年、五十年、百年、
もしかしたら永遠に使われることがないかもしれない。
そんな不確かさこそが、図書館を、人類が創造したものの中で最も英雄的な存在となさしめている」
この本に収められた13人とともに、
彼らの歴史に埋もれたその業績を保管・保存し続けてきた図書館というものへの
最高の賛辞ともとることができよう。
ちなみにだが、種村季弘や澁澤龍彦などを好んで読まれる方にとってはツボです。


断片的なものの社会学
岸 政彦

たとえば、旅先でたまたま入ったデパートのエレベーターで乗り合わせた人がいた。
その人とは初対面。
今までも、これから先も、もちろんなんの巡りあわせもないだろう。
ただその時、同じエレベーターに乗った。
このことがなければ、その人が存在したことさえ自分は知らずにいたのかもしれない。
たまたま同じエレベーターに乗り合わせたがために、
自分はその人が存在していることが認識できた。
あまりうまい比喩ではないが、
人生というものもまた同じなのかもしれない。
小さな断片の数々。
自分の幼少期のころの思い出。
青春時代の苦い思い出。
人生はよく道に例えられるが、
もしかすると、路傍に転がる石ころを積み重ねた石塚なのかもしれない。
ひとつとして同じ形のもののない小石。
その一つを取り上げてみれば、
実はとても面白い形をしていたり、
あるいは周りに転がる石とは全く異質なものだったりするかもしれない。
この本には、市井の人々の小さな物語が、
小石を積み上げ山とするように、
ただひたすらに切り取られ、編み込まれている。
つかみどろころのない挿話の迷路。
「断片」としか言いようのない人生の欠片を、
そっと閉じ込めた宝箱のような本である。


住友銀行秘史
國重惇史

バブル期に起こった戦後最大の経済事件、“イトマン事件”。
闇社会から政財界まで巻き込んだ一大スキャンダル。
その内幕にいた元取締役による手記。
刻銘なメモに基づく事件と内部抗争の回顧録である。
著者は「私がイトマン事件当時に見聞きしたこと、
みずから体験したことはすべて墓場まで持っていくつもり」だったとしているが、
これは日本の経済史を語る上では欠くことのできない貴重な資料でもある。
事件から20年以上経ったとはいえ、いまでも当事者の多くが存命の中、
よく上梓したものだと思った。
ただ、著者本人もこの事件の中心にいた人物である以上、
杳として知れないその全貌を見つめた“一視点”であることは忘れるべきではない。
読み終えて、正直消化不良を起こしそうだった。
テレビドラマで観るようなおぞましい人間関係、
足の引っ張り合い、闇社会とのつながり…
それらすべてが現実に起こりえたことの衝撃はもちろんだが、
この事件で流れ出た巨額の資金の行方が今もって不明ということも更に拍車をかける。
バブルという時代は「カネになりそうな話なら一流企業からヤクザまで、
誰でもすぐにとびついて、儲けようと虎視眈々となっていた」
そんな時代の話し。
このかつての一大スキャンダルの内幕から、
今の私たちは何を学びとれるだろう?


僕の叔父さん 網野善彦
中沢新一

「偉大な歴史学者の網野さんは、僕の素敵な叔父さんだった。」
なんと心安らぐ本だろうか。
2004年、日本の歴史学に新たな一矢を加えた歴史学者・網野善彦が逝去した。
当時、数多くの著名人の手でその死を悼む追悼文が世に出たが、
この本は、叔父と甥という関係以上に濃密な時間を共有しえた著者をして綴られた「ものがたり」である。
その思慕、尊敬、なつかしい思い出が込められた好著だ。
いろいろ書こうとは思ったのだが、
余計な言葉は控えておこう。


2016年11月の本


あたらしい書斎
いしたにまさき

副題にある「忙しい人に必要な“自分空間”の作り方」という言葉は、
PCやネットが普及した現代だからこそ必要な言葉だ。
“書斎”というと、なにやら豪邸の一室に壁一面のガラス戸の本棚を構え、
高級感漂う木目調の美しい大型の机がドンと置かれて…
などとミステリードラマなんかに出てくるイメージをそのまま踏襲してしまうのだが、
なに、要はあくまで「本を読んで学んだり、書き物をしたりするための場所」であることに違いはない。
ただ、「自分が自分らしいことをするための場所として空間が切り取られていること」がポイントである。
本書では様々な書斎の達人たちとの対話を通し、
現代において、いかに自分と向き合える空間を確保するか、
そのための機能性や自分らしさをどう出していくのかということについて語られる。
特に目を惹くのは、探検家・松浦武四郎の「一畳敷」というたった一畳の書斎に着想を得て、
一畳というスペースをいかに書斎として活用するのかについて提案がなされている部分である。
そこからは、デジタルツールやネット環境に囲まれた現代の知的生活の舞台が、
個人から世界にどのように開かれるべきかということにも言及されている。
それは、本以外にもさまざまに読むべきもの目に触れるものが溢れかえった
現代人の知的生産の現場を問い直す意味で、非常に大きな意味を持つものと思う。


father
金川晋吾

表紙にはボンヤリと宙に目を泳がせながらタバコを吹かす初老の男性。
本書の帯には手書きの文字でこうある。
「やっぱり生きていくのが面倒くさい」
この初老の男性=fatherの言葉なのだろうか?
そのfather=父は失踪を繰り返す。
その息子は、そんな父の姿を撮り続ける。
これは、異様な写真集である。
この異様さは一体何なのか?
失踪、多額の借金、無断欠勤…。
この「なぜ?」に対する回答は「ただなんとなく」「嫌になった」
中盤に挿入されている日記からは、
ただただつかみどころのないそれらの背景が、
フィクションではなく現実であることを突きつけてくる。
しかし、リアリティのようなものもない。
なにより、何も起こらない。
一個人の人生、その家族の生活、
社会という集合体全体から見れば最小単位ともいえるその中で、
被写体と撮影者という関係から浮かび上がる親子の対話。
その端々に立ち現われる心の機微は、
現代社会へ大きな問いを投げかけているのかもしれない。


〆切本
夏目漱石 他多数

「かんにんしてくれ給へ。どうしても書けないんだ……」
夏目漱石や江戸川乱歩から村上春樹や西加奈子、
長谷川町子や岡崎京子といった漫画家まで、
延べ九十余人の著作者による壮絶なる“悶絶と歓喜”の〆切話。
中には「勉強意図と締め切りまでの時間的距離感が勉強時間の予測に及ぼす影響」などという学術論文まである。
発売直後から話題沸騰の本書。
何ページにも渡る言い訳。
「そんなもん書いてる暇があればモノを書けよ!」
と思わずツッコミたくなるが、それは無粋というもの。
私も元は末端を汚す程度でしたが同業者だったので、分かりますとも、ええ。
書けないものは、書けないんです。
ちなみに私の持論の一つですが、
「書きたくないものを書くのは不健康」
本書はそのことを立派に証明してくれています。


謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉
高野秀行

納豆は日本の伝統食と考えている人も多いように思える。
だが実際はどうか?
世界の辺境を取材し続ける著者は、
中国にその源流を求め、アジアの山岳地帯を訪ね歩き、
納豆をソウルフードにしている民族が少なくないことを明らかにした。
私の記憶では、十数年前にとあるテレビ番組の一部でこの内容を扱っていたのを見た覚えがあるが、
その時はさして話題にも上がらなかった。
だが本書は違う。
納豆のそれを海外に求めるにとどまらず、
日本国内にも目を向けて精力的な取材をしている。
そしてそこから浮かび上がる日本の納豆の歴史とは!?
メディアの在り方という観点からも大変興味深い一冊です。


2016年10月の本


熊と踊れ
アンデシュ・ルースルンド, ステファン・トゥンベリ

「これはな……熊のダンスだ、レオ。
 いちばんでかい熊を狙って、そいつの鼻面を殴ってやれば、ほかの連中は逃げ出す。
 ステップを踏んで、殴る。ステップを踏んで、殴る!」
“暴力”
それしか教えられてこなかった兄弟。
その長男レオが計画する、誰も成し遂げたことのないあり得ない強盗事件。
第一部冒頭に掲げられた『これは事実に基づいた物語である。』という驚愕の一文は、
読む者の心を確信へと近づける。
この本は、今や北欧のミステリー界を牽引するルースルンドと、
人気脚本家であるトゥンベリがタッグを組み、
世界のミステリーファンへと叩き付けられた大いなる挑戦状である。
重ねに重ねられてシーンやカット。
まるで映画を観るような感覚でぐんぐんと物語に引き込まれていく。
前評判もかなりのものだったが、
実際に読んでみると、数年来最高のミステリーといっても過言ではないと思える。


そういえば、いつも目の前のことだけやってきた
平田静子

“平田静子”という名を知っているだろうか?
業界の中では知る人ぞ知る有名人だ。
では、彼女が手掛けた仕事を紹介してはどうか?
プロデュースしたものとして
『アメリカインディアンの教え』
『ビストロスマップ』
そして
『チーズはどこに消えた?』
そう、数々のベストセラーの生みの親である。
だが、本人はこのような未来を元々予想もしていなかったらしい。
「25歳になったらお嫁さんになってOLを辞めるつもりだった」とのこと。
それがなにがどうしたことか、編集長はおろかフジサンケイグループ初の女性取締役にまでなってしまった。
その間に結婚や子育てまでこなしてしまっている!
そんな方の自伝的エッセイ。
後半にある福田和子とのやりとりには、
平田さんの人柄と人望が切実と伝わってくる。
ただのエッセイではない。
ビジネスの根源にあるものを読む者に問うてくる。


じょうずなワニのつかまえ方
ダイヤグラムグループ

「いまは無用の知識でもいつか必ず役に立つ!」
というコンセプトのもと、
1986年、モリサワをはじめとする数々の書体や級数を駆使し、組まれた本。
そんな名著が21世紀版として蘇っている。
“文字の見本帳”
そう言っても決して過言ではない。
私個人、「無駄と思えるものにこそ最大の価値がある」と常々感じている。
一時期流行ったトリビアとか薀蓄、
そんなものではない。
有用な無駄である。
万事に備える姿勢。
この本は本当に大切な何かを教えてくれているのかもしれない。


二世
尾崎裕哉

昨今、ネット上では
「尾崎豊の歌に共感できない」
そんな10代の声が響いてきた。
時代が変わった、というそんな言葉ではとても語れない
大きな変化が彼の死後訪れたことは確かだろう。
だが、尾崎豊という一人のミュージシャンが描き出した時代は、
確かにあった。
では、彼が探し続けた生きる意味とはなにか?
尾崎豊の息子・裕哉さん。
きっとそれは彼の中にあるのだろう。
父の死後の出来事や様々に憶測された事、
それらをすべて冷静に受け止め、
また敬意をもって接している姿に心が打たれた。


2016年9月の本


プロレスという生き方
三田 佐代子

プロレス観戦が好きだ。
私自身、「スポーツは観るより断然やる方」なのだが、
プロレスだけは観るのも好きだ。
何故だか理由は分からないけれど、幼少のころからテレビにかじりついて観ていた。
大人になって上京してからはよく生で観に行ったりもした。
この本は、そんな私のような往年のプロレスファンだけではなく、
プロレスの「プ」の字も知らない初心者まで楽しめる一冊だ。
人気レスラーから女子レスラー、インディーに、果ては裏方さんまで…
永年スカパーのプロレス専門チャンネル・サムライTVでキャスターを務めてきた著者。
その客観的にして、時に母のような愛情ある視点で描かれる現在のプロレス界。
現在のプロレス界を取り巻く環境は、いくら人気再燃とはいえ厳しいものがある。
その中にあって、
「プロレスってこんなに面白い!」
「プロレスってこんなに魅力的!」
そんな熱意と共に、プロレスを作り出す全ての人へのリスペクトが感じられる一冊だ。


僕の父は母を殺した
大山寛人

「事実は小説よりも奇なり」
そんな言葉に一体なんの意味があるのだろう?
事実は事実のままである。
12歳で母を亡くした著者は2年後、衝撃の事実を知る。
母を殺したのは、父だった。
それを期に一変する生活。
万引き、ホームレス、自殺未遂…。
殺人事件の被害者の家族にして加害者の家族という、複雑な立場からつづられるそのあまりの内容に言葉が出ない。


明日切腹させられないための 図解 戦国武将のビジネスマナー入門
スエヒロ

ほぼネタ本ですw
戦国武将といっても、正直織田信長の名前を知っていれば十分楽しめます。
で、そのビジネスマナーにしても、
入門の入門の入門、というくらい。
ビジネスマナーって実際にはかなり面倒くさく煩雑だったりしますが、
それに興味を持つには十分な内容かと…。
役立てようなんて思っちゃいけません!


キリンの子 鳥居歌集
鳥居

私が彼女を知ったのは
昨年、新聞に寄稿した短歌が、ネット上で取り上げられ話題となった時だろうか。
著者のことを名前だけでも聞いたことのある人にとっては、
あまりにも有名であるその壮絶な半生。
そのことについては同時発売となった
セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語
に譲りたい。
だから、素直にこの歌集を読んでほしい。
三十一文字から零れ落ちるほどに溢れる不条理。
だが、それが現実なのだ。



2016年08月の本


ヨシダ、裸でアフリカをゆく
ヨシダ ナギ

なんともセンセーショナルなタイトル。
しかし、中身はもっとセンセーショナルだ。
アフリカを愛し、そこに住む人々を愛し、その文化を愛し、
笑いあり、涙あり、下ネタあり、毒あり…。
人見知りで内気であったという嫁入り前のうら若き乙女が
等身大で体当たりした「アフリカ」の姿がそのままに伝わってくる一冊だ。
巻末近く、
「日本人は、噂やニュース、自分の目で確かめてもいない情報にとらわれ過ぎていると思う」
という言葉は、この本を読んだ者の心に深く感銘づけられる力を持っている。
それは、純粋な心でありのままの「アフリカ」を見つめた著者をして
計り知れない説得力を持つ。
またこの本は、一人の女性の成長の記録といっても過言ではないと思う。
英語がまるでしゃべれない状態での初渡航を皮切りに、
諸国を巡るうちに様々な社会や人々と出会い、
心の豊かさとは何か、
差別とは何か、
かなりコミカルな文体からはそうした著者自身の心の成長も読み取れる。
数多く掲載されている写真も必見だ。
現在は写真家として活動している著者。
最近はテレビなどでもその活動が取り上げられていますね。
私も著者のブログをかなり初期のころから見ているので、
(たしかここでも紹介したような気がするんだが…記憶にない)
実際この本に収録されている話は基本的にどれも知ってはいたのですが、
それでも十二分に楽しめました!


偉大なる失敗
マリオ・ リヴィオ(著)
千葉 敏生(訳)

ダーウィン、アインシュタイン…。
誰しも一度はその名を耳にしたことのある歴史に名を刻む科学者たち。
だが彼らでさえも避けることのできなかった「失敗」。
この本はそんな彼らの「失敗」を単に糾弾しているのではない。
二章を一組に、前章ではその科学者の理論や業績を紹介し、
後章では究極を突き詰めたが故に陥った落とし穴、
その失敗の理由を心理的な側面にまで踏み込んで描き出している。
なにより目を引くのが、
一見系統が違うように見える理論や失敗が相互に影響を与えていたり、
また後代の科学の発展に寄与していたり、
そうした背景をも捉えている視点の大きさだろう。
著者は言う「そういう科学者を私は尊敬してやまない」と。
本書は「偉大なる失敗」を通して科学者たちの比類なき英知を描き出そうとしている。


さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ
永田カビ

読後の感想としてすぐに頭に浮かんだのは
「永田カビは孤独である」
ということだった。
なぜここまでこじらせてしまったのか。
本書の大半がそこでもがき苦しみ、
気が付いた時には這い上がれないほどの深みにまではまってしまった
自身の「孤独感」への体験に紙面がさかれている。
そして「レズ風俗」という一見するとかなりきわどいイロモノを通してではあるが、
その「孤独感」との関わりを徐々にではあるが
自らの力で解決していこうとする姿勢に心が打たれた。
赤裸々な内容である。
感動はない。救いもない。
だが、現代社会に生きる私たちの誰しもが心のどこかに抱える「孤独感」、
それとどう闘えばいいのか、
この本にはその術を示唆する何かがある。
今でも永田氏は「孤独感」と格闘している模様。
pixiv上では『一人交換日記』を連載している。


これは経費で落ちません
青木 祐子

聡いというのも大変だな…。
主人公・森若沙名子は経理部の女子社員。年齢27歳。彼氏いない歴=年齢。
彼女の大切にしていること、それは「イーブン」であること。
「フェア」ではない。「イーブン」なのだ。
だから彼女の気づく他人の側面は「負」である。
要はズルい面である。
実社会にあってもかなりギスギスしそうなエピソードが並ぶ。
だが、主人公一流の性格を通し、かなり毒の抜かれた感じを受ける。
「他人事だから苦笑して見ていられる」
そんなイメージだろうか。
しかし最後まで読み進めていくうちに、
登場人物一人一人になんとも愛らしさを感じてしまうようになる。
そんな不思議な作品だった。